Mein Leben in Deutschland

京都出身ワーホリでドイツ在住。ドイツ野球3部NRWリーグ所属。独学でプログラミング学習中。

【part1】【22年間】人生の転機を振り返る【語学を学び始めた理由】

いつもは誰か少数の人の為になる記事でもかければ。。。

と思いつつブログを更新していますが今回はそんなこと無視して僕の個人的なことを書いていきます。

 

まだ人生振り返るような年齢ではないかもしれませんが今思うと人生変わったなっていうタイミング(決断の瞬間)があります。

 

【二部構成】今回は大学受験まで!

 

小学校~高校途中あたりの話

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小中学校時代は地元の公立校に通い、いたって普通の少年でした。

ただ、中学校の成績の評価方法は5段階評価×9科目だったのですが、全てが普通の3×9科目=27も取れないくらい頭(成績)は悪かったです。

 

そんなおバカは高校の進路をどうしたのかというと、みんなが滑り止めとして受けてほぼ落ちることがなかった私立高校に入学。

自分も滑り止めでしたが公立高校の願書を出すタイミングで受験を取りやめ。

 

高校に入学してみるとクラスメートたちは自分と同じくらいの学力もしくはそれ以下の人ばかりだったので偏差値も低く、授業のレベルは低かったです。

 

小学校5年生の頃から野球をしており高校でも推薦生ではなく一般入部として野球部に入部しました。

 部活面では私立の古豪と呼ばれる高校だったので野球部はそれなりに厳しく、毎日野球をメインに生活していて一日のほとんどは学校とグラウンドにいる状況。

部活の監督や部長、コーチからは学業をおろそかにしないように、ということを日々言われていましたが正直野球でいっぱいいっぱいという生活をしていました。

 

当時の僕は日々練習に耐えることだけを考えていたといっても過言ではなかったです。

つまり思考停止していました。(笑) 

 

それでも野球部を続けられたのはあの野球部だったからかなあと思っています。いいメンバーに出会えたと思います。

 

ただ、それでも中学時代では信じられないような成績をくれたのが僕の高校。

それくらいのレベルでした。高校が甘いというか、それでも成績が悪い人はいましたので妥当だったのかなあと思っています。

 

そんな日常を過ごし高校入学後で一番楽しみにしていたことがあったんです。

それは高校二年の「アメリカ研修旅行」。ほかの学校でいうところの修学旅行です。

 

うちの高校は1学年500名ほどいましたがその全員がどこか海外に行きます。

僕たちは1週間アメリカでしたが頭のいいコースではみんなが1年間留学とかもありました。

 

アメリカへ!!

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アメリカではクラスで二人組を作りホームステイさせてもらうのですが僕のペアは訳あってこれまで一度も話したことない子と組むことになりました(笑)

 

一番楽しみにしていた行事を自分の思うようにしてもらえなかった時の気持ちですよ。。

 

そんな気持ちを抱きつつ10月頃アメリカへ。

 

ホームステイ先にはあたたかく迎えてもらえて1週間ほどの滞在にもかかわらず毎日いろんなとこに連れて行ってもらったりとにかく濃密な1週間でした。

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当時10歳くらいだったこの子ももう高校生。時間が経つの早いです

当時の僕は英語なんてびっくりするほど話せなかったのに常に笑顔で対応してくれたホストファミリーには本当に感謝しています。

ペアだったクラスメートともその一週間で結構仲良くなることができました。

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お父さんが保安官だったのでヘリに乗せてもらったり銃を触らせてもらったりめっちゃ興奮した時間でした!

ただ、この時ちょっとした単語や文をカタコトで伝えていたかもしれませんが「Yes」「No」「Thank you」くらいしかまともにできていなかったと思います。

 

帰国してからは親にいろんなとこに連れて行ってもらったりとにかく楽しかったことを伝えました。アメリカは楽しかったのですが自分の語学力のなさに悔しくなりました。

 

ここで僕は考えたんです。

「大学に行って英語を学び留学しよう!」って

いつかぺらぺらにしゃべれるようになってもう一度アメリカに行ってやろうとおもいました。

これが一つ目の転機です。

 

帰国後 高校生活残り1年!

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帰国後学校で受けた学力テストがあり適当に関西で有名な大学を志望校に書いてみました。

最初から言っている通り僕の頭は良くないです。

当然判定はダメダメ。

 

この時「じゃあ行けるとこ行ったらよくね?国際系の学部あるとこ行きゃええやろ」という考えに至りました。

 

野球ばっかりしてるので勉強するという考えに至ってないのです(笑)

(野球している=バカということを言っているわけではありません。清宮くんや根尾くんみたいな子もいますからね) 

 

その年の冬、監督からお告げがあり「3年春にベンチ入りできなかった選手は引退してもらう」とのことです。

 

引退後の選手の選択肢は二つ

・そのままいつも通りグラウンドに来てベンチ入りメンバーと下級生の練習のサポート

・大学受験に向けて勉強に専念する。たまにグラウンドに顔をだして片付けの手伝いとか

 

ベンチに入ることはできず春で引退となりました。

僕が選んだのは二つ目。「大学受験します」。

ここが二つ目の転機。大きな選択だったのかなあと思います。

 

なぜこの選択に至ったのか

 

うちの高校には5つのコースがあり

進学コース:僕がいたところ

・進学コース(部活):スポーツ推薦生のコース

・特進B:学業と部活動を両立するコース

・特進A:大学受験(国公立大)を目指す人が多く部活動はほぼできない

・国際コース:英語力に特化していて1年間の留学をする

 

僕が在籍していた進学コースは部活をしている人も少なくて、かといって頭がいい人がいるわけでもありません。

主な進路先は専門学校、就職、推薦での大学入学でした。

 

周りを見渡し「あれ、このままじゃやばくね?」って思うようになります。

こんなこと言うのは良くないかもしれませんが同じレベルにいるのはまずいとおもいました。

ひどい言い方になってしまいますが僕がいたコースは勉強も部活もイマイチな人が集まっていました。(ごく一部の生徒は部活動で主力だったりしていましたが)

もちろん高校のホームページなどにはイイ風に書いてあると思いますが実情はそうではありませんでした。

 

部活を春の時点で事実上引退するという決断をしたのは10人中自分を含めて3人。

他の2人は特進Bの連中でした。この2人と仲良くしていたのも勉強にシフトした要因でもありました。

 

そこから人生で初めてというレベルで勉強をし始めました。

特進の生徒は放課後もたくさん居残りで自習している中、進学コースの教室にいたのは僕一人の時が多かったです。

 

それのおかげもあり結構燃えてきました。(笑)

「今頑張ったら少なくともこの中では自分の一人勝ち!」って

 

それからもチームメイトがグラウンドで汗をかいている中僕は教室内で一人お勉強です。

正直別の土俵ではありますが野球に比べたらまだ勉強は楽だったような気がします。

 

多分元の知識がなさ過ぎていろいろ入ってきやすかったんだと思います。

英語できるようになるために大学に行くのでとにかく英語を重点的に学習しました。

 

夏休み前の定期テストの時期になり英語の試験が返ってくるとコース内での順位があるのですが、そこで2位を取ることができました。

ここで少し自信づいていきました。

 

夏休みに入ると夏期講座で学校によく行ってました。この時は同じコースの生徒はちらほら、といっても10人もいないくらいですが。

野球部仲間のほとんどは引退して(指定校or野球)推薦で大学に行くのがほとんどなので遊んだり野球したりです。

 

夏期講座あたりからは特進Bの生徒たちとおなじ講座を受けられるくらいになってきました。それからも放課後の講座は彼らのほうに混ぜてもらえたりしてました。

 

順調に学力上げれてるのではないでしょうか。

 

そんな感じで受験シーズンが到来。。。

果たして大学受験はうまくいくのか。

 

次回part2もぜひ読んでください。